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平戸街道


           平 戸 街 道

1-IMGP0281平戸城
                                                平戸城


江戸時代に整備された街道の1つで、平戸市田平から東彼杵町にて長崎街道に合流するまでの道。平戸往還(ひらどおうかん)ともいいます。
後の道路整備などで消滅した部分や伊能忠敬の測量したコースなどで初期のものと変わっているところもあるようです。


下記の名称をクリックするとそのページへ移動します。

その1 平戸~江迎

その2 江迎~佐々

その3 佐々~中里

その4 中里~佐世保

その5 佐世保~日宇

その6 日宇~早岐

その7 早岐~川棚

その8 川棚~彼杵
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平戸街道 その8(最終) 川棚~彼杵

川棚宿を出て庄屋跡のほうへ戻り、曲がらずに直進するとすぐ左がわに長浜大明神跡の鳥居が見えてきます。
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しばらく進み、本来の街道は川と田んぼに消失しているので迂回するため川を渡り鋭角に右へ曲がる道があるのでこれを右折。ここに山城の表示があります。しばらく進むと公民館があるのでここから斜め左へ上ると幸秀庵一里塚跡が見えてきます。
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峠道を上りあがりまたすぐ下ります。下の道に出たら右折して海の方向へ進み突き当りを左折。しばらく海沿いを進むと右側に突き出した部分があり、ここが音琴です。信号機から右折し海辺まで来たら左折。すぐ左手にある石垣だけの土地が音琴浦問役所跡です。
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国道へ戻り右折。ゆるい右カーブを過ぎあたりで左へ上る細い道があるのでこれを上るとすぐ左手に塚本一里塚跡があります。
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そのまま標識に従い国道の左上にある旧街道を進んで行くと一番突き当りに水地権現の鳥居が見えてきます。
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少し手前から国道へ出て左折。右側に踏切があるのでここから海側の道に入ります。海岸沿いの見晴らしがいい場所で左の小高い所を見上げると石を積み重ねた塔が見えてきます。
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これが口木田千部塔です。 
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そのまま道なりに進み、国道へ出たら右。左の緩いカーブで内側の山が粒崎城跡・狼煙場跡です。
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カーブを過ぎたところで信号機のある交差点のすぐ先に右へ入る道があるのでここに入ります。すぐの右側に建っているのが大村純伊旧領奪回戦跡碑です。 
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少し進むと左手に熊野十二社権化跡の鳥居がありますが現在は公民館になっているようです。
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鳥居の先から左に入ると巨木の下に島田万部塔があります。
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道なりにずっと直進します。緩い右カーブを過ぎたら左折。商店街に入り大きな交差点に着いたら左側の角に平戸街道の終点である思案橋の碑があります。
ただ、名称は橋ですがそれらしいのは無いようです。

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手前側には平戸街道起点と記されています。
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奥側には長崎街道の文字。
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思案橋の交差点を右折するとすぐに元禄船着場跡があります。
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思案橋の方へ戻り、交差点を100mほど直進すると左手に彼杵神社の鳥居が見えてきます。
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鳥居の横に案内板がありますが、ここが彼杵宿本陣跡です。
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当時の建物は残っていませんが、石塀だけが残っているようです。この左側の塀は古いものではないようですが塀の上、傘の部分は日の浦本陣の目隠し塀に乗っているものと同じもののようです。
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境内に古い灯篭などが積んでありましたが、その中に菊紋のかけらがありました。
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これで平戸街道シリーズは終了です。ざっと60キロ強ですが車なら2時間程度の距離、しかし上り下りの連続で大名行列となると大変な道のりだったでしょう。興味を持たれた方、歩いてみませんか?
平戸街道

平戸街道 その7 早岐~川棚

早岐本陣を出発し、西蓮寺からの直進道路まで戻り、これを直進。すぐ右折でまた左折。鍵型道路と言われる形態で、戦国時代に防衛の目的で直線的な見通しができないよう取り入れられたらしく軍事遺跡などにもこの形態が多く取り入れられています。突き当りに銀行跡地があり、この敷地内に高札場跡が建っています。高札とはお上からのおふれ書きが張られた立札。時代劇で下手人の人相書きが貼られているところです。
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銀行跡地から左折し橋を渡り右折。さらに鍵型を過ぎると右側にホテルがありその一角に早岐一里塚が建っています。
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直進して国道へ合流し、橋の手前で左折します。4本目をコンビニの前から右折し橋を渡ります。ここで左手に新しい住宅地がありますが、その奥の高い部分が松浦鎮信が築城したとされる広田城です。道なりに進み広田小入口バス停の先から右折。次の三叉路を左折。また道なりに進み橋を渡ります。ふた股を左へ進み、和風レストランを過ぎたら左側に矢通し石があります。広田城の戦の時にはここまで矢が飛んできたそうです。
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すぐのふた股を右へ。しばらく道なりに進み、大きな道に出る手前から左折します。道なりに進み、大きな道に出たら左折。右側に佐世保刑務所がありますが、街道はこの刑務所敷地内を通っています。
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さすがに入って行けないので、刑務所前を通り過ぎて交差点を右折。少し進むと右手の果樹園の中に街道が見えてきます。これが合流したところで街道は左方向の細い道に入ります。少し進んでまた元の道に合流します。その先右手の民家の庭先に藩境の傍示石や番所のお手付き石が設置されています。本来の位置ではないものの大切に管理されているため最近造ったもののような状態で保存されています。左手前がお手付き石。お手付き石とは、これに手をついて私は嘘を申しませんと宣誓するためのものだそうです。
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柵の基礎だった石です。
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西肥バス車庫を過ぎたらすぐ左側に果樹園の入り口がありますがここから入るとすぐ舳ノ峰番所跡の碑があります。ここまでが平戸領、ここから先は大村領でした。
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道なりに進み峠を越え、坂を下りきったところで右側に消防団があるのでその先を左折。橋を渡ってまた左折。少し先にふた股があるので右側へ上ります。あまり雰囲気はないですが、このあたりから手書きの表示板がたくさんあるため分かりやすいと思います。
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舗装道路へ合流したら右方向へ進みます。ミカン畑の途中、ふた股があるので左方向へ進む。
下りはじめたところで舗装路を外れ左の山道を登りすぐに舗装路へ出ますがまた横断して山道へ入ります。

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当時の雰囲気が残る道を登り、少し広くなった所の右側に鳥居があります。
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文化三年(1806)との表記があり、この先、進んでいくと八幡神社があります。
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さらに登っていき、一番高い所にある表示板。ここが街道で一番高い場所だそうな。
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少し下ったところで車道に出るので右へ。上りあがった三叉路の先に宮村堺一里塚跡があります。 
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直進していくと右側の広くなったところに一杯水駕籠立場跡があります。この地点から山頂までの高さはさほどありませんが、この湧水は一年中涸れることがないそうです。うがいでもしようかと思いきやこの水は飲めませんとの表示がありました。手洗いだけにしておきます。 
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少し進み左からの道へ合流したら右方向へ下ります。すぐ右手に大きな看板があり白岳狼煙場登り口と表示されています。
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街道から外れますが、看板から山に上ると左手にアンテナ塔があるのでここから右へ。上りあがったところ白岳狼煙場があります。文化5年(1808)にイギリス軍艦が長崎に不法侵入した際に連絡用として数か所の狼煙場が作られたうちのひとつです。
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奥側のくぼんだ部分。直径5mほどですがここが狼煙場です。
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道なりに下って行きますが途中から街道は左の林へ。保存会の皆さんが整備してくれているので歩きやすくなっています。また車道へ戻り下っていくと右側の小さな用水池がありその前に旧平戸街道宮村往還の碑があります。
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しばらく下り左に入る未舗装の道があるのでそちらへ進みすぐにまた右へ下りて行きます。ここからしばらく当時の面影がある道を歩きます。
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しばらく歩くと石畳が現れます。これは当時のものなんでしょうね。
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標識に従い下りていくと川棚中学校の裏に出るのでそのまま過ぎると左手に小学校跡地がありその石垣前に平戸街道の大きな看板がります。
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さがって見てみるとここが川棚村庄屋跡でした。
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フェンスとネットで文字が見えないためちょっと加工してみました。
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すぐ先の県道に出たら右折。交差点を過ぎ、200mほどで左へ入る道があるのでこれを入り、突き当りの川まで出るとこのあたりが波止場跡です。
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このあたりが川棚宿の跡で、路地に入ってみると古い石垣が残っています。
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平戸街道 その6 日宇~早岐

日宇を出発し、国道へ出たら斜めに横断し交番右の道へ。道なりに進むと川を渡りバス通りに出るので左折します。すぐ目の前に信号があり右へ入れるのでこれを右折し踏切を渡る。直進して行き二股を左へ。本来は右ですが通り抜けできないので左折。踏切を渡って右折。ちなみに新街道では日宇ヶ丘団地を通ります。しばらく道なりに進み、JRをくぐったらすぐの交差点を左折。卸本町バス停のすぐ先、左側にあるのが脇崎一里塚跡です。s-IMG_5294.jpg



脇崎一里塚の横にJRへ上る道があるのでこれを上ります。踏切はないので注意すること。
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線路の手前は車の往来も多く賑やかですが、線路をまたぐと一気に雰囲気が変わります。標識を見ながら道なりに進んで行くと左手に石でつっかえ棒された榎の巨木があり、根元には古井戸の跡があります。街道を旅する人々の休息場所だったようです。
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道なりに進み、大きな道へ出たら右折。すぐに左に標識があるのでこれにしたがい左手の坂道を上り林道へ入る。この辺も何となく雰囲気が残っています。
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さらに標識に従い進んでいくと未舗装の林道へ入ります。このあたり、ひょっとして当時のままじゃないかと思える状態です
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竹林を抜け携帯のアンテナ塔を過ぎ急坂を下ると下りきったところで左の林の中に平戸藩御用鯉御囲池跡があります。早岐本陣などに宿泊される際の料理用として鯉が入れてありました。
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ガードをくぐり高速と並行して進むと正面の突き当りのところにある立て札が目につきました。平戸藩ゆかりの方のお墓だそうです。ちょっと寄り道をしたいと思います。
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ここが平戸藩の調理をしていた人のお墓のようです。
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元の道へ戻り、南西方向へ進んでいくと左に上る道があるのでこれを道なりに進みガードをくぐり上りきると公民館に到着します。そこの敷地の左端に建っているのが上倉駕籠立場跡。
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公民館の脇を通り抜け下の道へ出るので右折。標識に従い、ずっと道なりに進むと陣の内陸橋に出ます。ここも藤原歩道橋と同様に道路や鉄道により分断されてしまった部分です。
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ついでに、車道側から見上げるとこんな感じです。
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橋を渡り右へ、すぐに鋭角に左へ上り墓地の間を通り抜けて行きます。しばらく進むと住宅地へ入りますが表示に従い進んでいくと大きな道を渡り教会のある高台へ上ります。この登り口から当時の石畳が残っていますが、国道の建設により分断されてしまっています。フェンスの下が国道ですがよく見るとその先に石畳の続きがあります。
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国道を渡った石畳の続きです。戸ノ上石畳というそうですね。
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石畳を通り抜け右折。一旦街道を外れますが、この先すぐに見えてくるのが観潮橋。このあたりが平戸八景の潮目(しおのめ)です。八景図を見るとかなり景観が変わっているようですね。
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石畳のところまで戻り、直進すると左手に西蓮寺の門があります。
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まっすぐに進んでいき突き当りの一つ手前で左折。すぐに右折して橋を渡り右折すると左側に旧はいき橋の欄干があります。直前に渡った橋が現在の早岐橋ですが当時の面影は無いようです。
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すぐさき左手に早岐本陣跡の碑があります。
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ここが早岐本陣跡です。昔は橋が架かっていたそうですが現在はありません。川を覗くと古い石材が沈んでいるので橋の名残かもしれません。
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本陣前の川は干拓工事によってできた人口の河川です。
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平戸街道 その5 佐世保~日宇

佐世保本陣を出発し、一旦相浦筋郡代役所跡まで戻ります。交差点を渡ったら左折し、すぐ右に入る道があるのでこれを右折。またすぐに裏の道へ出るので右折。この道を道なりに進み宮地嶽神社まで進みます。この先通り抜けられないので一旦国道へ。駅方面に向かいすぐの交差点を左折し名切グランドの先を右折。また街道が消失しているので道なりに進みMRのガードをくぐったところで一旦街道から外れますが左折。しばらく上っていくと大きな鳥居が見えます。ここが平戸八景のひとつで須佐神社。八景での名は岩屋宮で現在は見ることができませんが社殿の奥に奥行き10mほどのほら穴があります。
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手前の交差点まで戻りここを左折。突き当りまで進み左折しすぐ鋭角に右折。ここからまた街道に入り峯の坂を上ります。
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道なりに長い階段を通り過ぎ、バス通りまで来たら右折します。そのまま上りきったところで変則5叉路 になるので正面の一番細い道に入ります。すぐ右手にあるのが山祇神社。
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境内には樹齢700年を超える椋の木をはじめ巨木が茂っており、その歴史を感じさせます。
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しばらく進み二股にぶつかったら左へ。中学校横をすすみ、広い駐車場を過ぎたら右手に看板がありその下に茶屋の原駕籠立場の碑があります。
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少し進み右側に下りていく道があるのでこれを下ります。茶屋の坂と呼ばれる急坂を一気に下り、広い道へ合流したらすぐの信号機がある交差点を右折。すぐのところに簡易郵便局があるのでその先斜め左へ入りまっすぐ上ると上りきったところの左角に藤原一里塚があります。
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藤原一里塚のある交差点を右折し、しばらく進むと歩道橋がありこれを渡ります。ここは戦時中に国道を作るために切り取られなくなってしまいましたが昭和45に歩道橋が架けられ道としては復活しました。
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橋を渡り、50m程で左へ曲り階段を下りて行きます。車道まで出たら右折して踏切を渡りすぐに左折。下り坂を下っていき左折。しばらく進み鉄道の下を左折する三叉路があるのでこれを左折。しばらく進み国道へ合流したら右折。左へ大きくカーブを曲がり直線になったところで右に下りる車道があるのでここで右折。すぐ目の前の交差点あたりが日宇宿の中心地です。このあたりを散策すると当時のものであろう古い石垣などが見られます。
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正面のガードをくぐり橋を渡ると正面に見えてくるのが松尾山青蓮寺です。
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プロフィール

山のしんたろう

Author:山のしんたろう
説明するまでもありませんが佐世保市民です。
地元の名所や史跡などをぼちぼちと紹介していきたいと思います。時々市外も出てきますが・・・
更新が滞る事もあるかと思いますがご容赦ください。

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